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第15章 人間は、知っている使い方を持ち込む

初めてのサイトでも、ロゴを押せばホームへ戻る、下線付きテキストはリンク、虫眼鏡は検索、カートには選択した商品が入る、と予測します。初体験の画面にも、過去の経験を持ち込みます。

本章では「直感的」を、利用経験、表示された手がかり、予測、初回操作、学習へ分解します。

この章の必修は三つです。

  1. 利用者が持ち込む予測と、その経験源を記録する
  2. メンタルモデル、概念モデル、実装、システムイメージを分ける
  3. 慣習と独自性を価値、学習コスト、リスクで比較する

判断は、経験の根拠を記録し、予測群と自然行動群を別参加者へ割り付け、結果と予測の差を記録し、再試行と保持後の再訪で学習を確認する順で行います。別セッションでも初回接触は復元できません。

15.1 初めてのサイトも、完全な初体験ではない

持ち込まれる期待を示す図。
図 15-1 持ち込まれる期待

ロゴ、リンク、検索、設定、カートの意味は、形だけから自然に分かるのではありません。別サイト、OS、アプリ、業務、言語、文化での経験が関わります。

観察前に「普通は分かる」と決めません。自然な初回行動を観察する群には、予測質問を先にしません。予測を尋ねる群は別参加者へ割り付けます。同じ人を別セッションにしても初回接触は戻らないためです。

15.2 メンタルモデルは頭の中の UI 図ではない

メンタルモデルは、システムがどう働き、操作の結果がどうなるかを理解・予測するための不完全な表象です。精密な内部実装を知る必要はなく、誤りや矛盾を含むこともあります。

概念モデル、実装システム、システムイメージ、メンタルモデルを示す図。
図 15-2 概念モデル、実装システム、システムイメージ、メンタルモデル
  • デザイナーの概念モデル: どんな概念と関係でシステムを説明するか
  • 実装されたシステム: 内部状態、データ、処理、実際の振る舞い
  • システムイメージ: UI、ヘルプ、ラベル、フィードバック等を通じて利用者に提示される情報
  • 利用者のメンタルモデル: 経験とシステムイメージから形成する理解と予測

画面を見ただけで「利用者のメンタルモデルはこうだ」と断定しません。予測、説明、操作、エラー後の修正から限定的に推論します。

15.3 慣習はどこから生まれるか

Convention の層を示す図。
図 15-3 Convention の層

慣習には層があります。

  • Web 全体で広く見られるリンクやナビゲーション
  • OS やデバイスのプラットフォーム慣習
  • EC、会計、医療等の領域慣習
  • 組織内で学習された業務手順
  • アクセシビリティ API と標準操作部品の振る舞い

層は衝突します。Web では戻る操作が履歴を戻しても、業務の流れでは未保存データを失うかもしれません。モバイルのスワイプは、スクリーンリーダーのジェスチャーと競合する場合があります。対象利用者と文脈を特定します。

15.4 Jakob’s Law を「他サイトをまねる法則」にしない

Jakob’s Law は、利用者が多くの時間を他のサイトで過ごし、そこで形成した期待を持ち込むという UX 経験則です。

Jakob’s Law の射程を示す図。
図 15-4 Jakob’s Law の射程

これは学術的な自然法則でも、競合の見た目をコピーする許可でもありません。何が共有された期待かを調べる出発点です。対象者が初めてインターネットを使う、特殊な業務に熟達している、異なるプラットフォームを使う場合、期待は違います。

借りる候補は、外観そのものより、操作、結果、状態、キーボード、戻り方です。

15.5 独自 UI が要求する学習

独自の操作部品を使うには、少なくとも次の段階があります。

独自 UI の学習 Costを示す図。
図 15-5 独自 UI の学習コスト
  1. 操作できるものを発見する
  2. 意味を推定する
  3. 操作方法を見つける
  4. 結果を予測する
  5. 結果から規則を更新する
  6. 次回まで覚える

一度説明すれば終わりではありません。説明を読む必要があるか、失敗が回復可能か、次回に保持されるかを観察します。

15.6 独自性を使う場所、慣習を借りる場所

独自性を置く場所を示す図。
図 15-6 独自性を置く場所

ブランドの色、タイポグラフィ、画像、動き、語り口には独自性を持たせられます。購入、閉じる、戻る、エラー回復等の基礎操作を独自化すると、学習コストとリスクが高くなる場合があります。

価値はブランド識別、物語理解、製品固有機能の達成、コストは発見・意味推定・操作・保持に必要な試行、リスクは失敗頻度ではなく結果の重大さと回復可能性まで含めて記録します。

しかし境界は固定ではありません。新しい操作が製品価値そのもので、安全に試せ、フィードバックが明確なら学ぶ価値があるかもしれません。価値、頻度、失敗の重大さ、回復、対象者を表にします。

15.7 「直感的だった」をどう確かめるか

「説明なしでできた」だけでは不十分です。過去に同じパターンを使った可能性があります。

「直感的」の測定を示す図。
図 15-7 「直感的」の測定

初回成功、最初の操作、ためらい、誤操作、ヘルプ、結果予測を記録します。次に再試行と学習後の速度を分けます。初回は失敗しても一度で学べる UI と、毎回迷う UI は違います。

F07 では初回、到達基準を満たすまでの練習、直後再試行、24 時間後の保持試行、同じ規則を別内容へ使う転移試行を分けます。到達は説明なしで 2 回連続成功と定義します。説明あり/なしを混ぜず、同じ参加者の初回を再生成しません。

ためらいは主観的なラベルにせず、一定時間操作がない、ポインターが往復する、フォーカスが戻る、候補を開閉する等、タスクごとに操作的に定義します。

15.8 問い――利用者は何を知っている前提か

章末課題を示す図。
図 15-8 章末課題

問い

  1. この操作は、どの過去経験を前提にしていますか。
  2. 利用者は操作後に何が起こると予測しますか。
  3. 画面は何を手がかりとして示していますか。
  4. 独自性の価値と失敗リスクは何ですか。
  5. 別の対象者なら前提はどう変わりますか。
  6. 初回、再試行、学習後に何を測りますか。

答えの例

ロゴがホームへのリンクであるという Web 経験を前提にしています。しかしこのロゴは押せず、ホームは独自ジェスチャーで開きます。利用者はロゴを押して変化がなく、ジェスチャーを発見できない可能性があります。ロゴを標準リンクにする案と、ジェスチャーを残して見える操作部品を加える案を比べ、初回操作、完了、ヘルプ、再試行を記録します。

六問への対応は、1 Web のロゴ経験、2 ホームへ戻る予測、3 ロゴとジェスチャーの手がかり、4 没入表現の価値とナビゲーション失敗リスク、5 展示経験やプラットフォームが異なる対象者、6 初回・到達基準・24 時間保持・転移です。別仮説として、ロゴのコントラスト、ページがすでにホームである可能性、読み込み遅延も残します。

別の答え方

展示用の没入型サイトでは、ロゴが常時ナビゲーションになると表現を損なうかもしれません。Escape、メニュー、ブラウザの戻る等の回復経路を残し、鑑賞者と鑑賞タスクで確認します。

よくある考え方

直感的ではないので普通の UI にします。

注意点

誰のどの経験、どの予測、どの失敗かがありません。普通という言葉で文化、プラットフォーム、領域の差を消しています。

セルフチェック

  • メンタルモデルを頭の中のスクリーンショットとして扱っていない
  • 慣習の層と対象者の経験を説明できる
  • 独自性の価値、学習コスト、リスク、初回/学習後の確認方法を示せる

参考

  • Norman (1983), “Some Observations on Mental Models” — 原典。メンタルモデルが不完全で変化する点を読みます。
  • Norman (1986), “Cognitive Engineering” — 概念モデル、システムイメージ、利用者の理解を考える入口です。
  • Staggers & Norcio (1993), DOI: 10.1006/imms.1993.1028 — HCI におけるメンタルモデル概念のレビューです。
  • ISO 9241-110:2020 — 利用者の期待への適合を文脈とともに読みます。
  • Nielsen Norman Group, Jakob’s Law — UX 経験則として読み、模倣の法則にしません。