第18章 人間は、自分が知っていることを忘れられない
自分で作った画面は、自分には分かりやすく見えます。ボタンを押したあとに何が起きるかも、見慣れない言葉の意味も、作った本人はすでに知っているからです。
しかし、初めて訪れた人が見られるのは、画面に書かれたことだけです。作り手が会議で聞いた説明や、頭の中で覚えている手順までは見えません。
この章では、作り手の頭の中にある情報と、画面に現れている情報を分けて考えます。
18.1 答えを知ると、手がかりまで見えた気になる
図 18-1A には、「申請」「承認」「設定」という三つのボタンがあります。どれも同じ大きさと色です。画面には、誰が何をしている途中なのかも書かれていません。これだけを見て、次に押すボタンを決めることはできません。
ところが、正解は「承認」だと教えられたあとでは、「承認」という文字が目立って見えます。画面に手がかりが増えたわけではありません。見る人の頭に答えが増えたのです。
結果を知ったあとに「最初から分かっていた」と感じやすくなることを、後知恵バイアスと呼びます。自分が知っていることを、知らない人の立場から想像しにくいことは、知識の呪いと呼ばれます。
用語を覚えることよりも、作り手の知識が画面の説明不足を隠してしまう、と知ることが大切です。
18.2 作り手には、画面の続きが見えている
文化祭サイトに、出し物を紹介するページを作る場面を考えてみます。
ページを書いた生徒が「公開を依頼する」ボタンを押すと、担当の先生へ確認依頼が届きます。先生が内容を確認すると、ページが公開されます。作り手は、この流れを知っています。
そのため、作り手には「確認待ち」という短い表示だけでも十分に思えます。しかし、ページを書いた生徒には、次のような疑問が残ります。
- 誰の確認を待っているのか
- 確認が終わるまで、自分は何もしなくてよいのか
- 内容を直したくなったら、どこから戻れるのか
- 公開されたら、どこで分かるのか
これらは、利用者の理解力が足りないから生まれる疑問ではありません。必要な情報が画面にないために生まれる疑問です。
「確認待ち」を「担当の先生が内容を確認しています」に変えると、誰が次に動くのかが分かります。「公開前でも内容を修正できます」と編集への入口を添えれば、自分ができることも分かります。
作り手が知っている流れを、利用者が必要とする場所へ少しずつ渡すのです。
18.3 短い言葉ほど、前提を隠すことがある
「送信」「処理中」「エラー」のような言葉は短く、画面へ置きやすい言葉です。しかし、それだけでは意味が足りないことがあります。
「送信」では、何を誰へ送るのかが分かりません。「先生へ確認を依頼する」なら、ボタンを押したあとの出来事を想像できます。
「処理中」では、待てばよいのか、別の操作が必要なのかが分かりません。「画像をアップロードしています。この画面を閉じずにお待ちください」なら、現在の状態と待つ理由が分かります。
「エラー」では、何が起きて、どう直せるのかが分かりません。「画像の容量が大きすぎます。10MB 以下の画像を選んでください」なら、次の行動が分かります。
長い説明をいつも表示すればよい、という意味ではありません。その場で判断するために必要な言葉を、省略しないことが大切です。
18.4 作り手は、初めて見る状態には戻れない
一晩置いて画面を見直すと、不自然な余白や読みにくい文章に気づくことがあります。それでも、作り手はボタンの意味や画面の続きを忘れてはいません。
「初めて見る人の気持ちになろう」と頑張るだけでは、頭の中の知識を消せません。そこで、人の気持ちを当てる代わりに、画面に実際に書かれていることを確かめます。
たとえば、公開前のページなら、少なくとも次の三点が画面から分かる状態を目指せます。
- いま何の途中なのか
- 次は誰が何をするのか
- 自分はいま何ができるのか
これは、すべての画面へ長い説明を加えるための決まりではありません。見出し、状態を表す一文、具体的なボタン名などを組み合わせ、必要な情報を必要な場所へ置くための考え方です。
18.5 「私は迷わない」は、画面の証明にならない
作り手が迷わず操作できるのは、画面が分かりやすいからかもしれません。しかし、作り手が答えを知っているからかもしれません。本人の操作だけでは、二つを見分けられません。
反対に、「初めて使う人は必ず迷う」と決めつけることもできません。同じようなサイトを使った経験があれば、説明が少なくても意味を予想できることがあります。
人を「初心者」と「専門家」の二種類へ分けるより、その操作に必要な情報が画面にあるかを見ます。サイトを使った経験がない人にも、仕事の流れを知らない人にも、判断の手がかりが見えていれば、経験の差へ頼りすぎずに済みます。
18.6 作り手の知識を、画面の手がかりへ変える
作り手が詳しいこと自体は、問題ではありません。その知識は、分かりやすい順序や言葉を考えるために必要です。
ただし、頭の中に置いたままでは、利用者には届きません。「何の状態か」「誰が次に動くか」「自分は何をすればよいか」という手がかりへ変えて、画面に渡します。
作り手は、答えを知らなかった自分には戻れません。それでも、頭の中だけにある情報と、画面に見えている情報は分けられます。その差に気づくことが、初めて訪れた人にも筋道の見えるサイトを作る第一歩です。
参考
- Camerer, Loewenstein & Weber (1989) — 自分の知識を持たない人の判断を予想しにくい現象を扱った研究です。
- Fischhoff (1975) — 結果を知ることが、結果を知る前の予想の見積もりへ与える影響を扱った研究です。